2011年に発生した福島原子力発電所の爆発事故を教訓にし、学ぶべき事がたくさんあります。
伊方原発が立地している我が愛媛県でも、原子力災害時における伴侶動物の救護活動および放射線の影響について、理解を深めておく必要があると思われます。VET’S-えひめは、全国の獣医師会に先駆けて、ガイドラインを制作しています。ぜひ、ご覧下さい。
原子力災害時における伴侶動物の救護活動および放射線の影響について~伴侶動物を飼われている方へ~
伴侶動物(コンパニオンアニマル)は、日本でもいまや飼育してかわいがる愛玩動物(ペット)と呼ばれた時代から、その存在は生活をともにするまさに家族の一員になっています。災害時にその大切な伴侶動物と一緒に避難することは誰もが望むことでしょう。
福島原子力発電所の爆発事故によって、福島県内はじめ広範囲の地域が放射能に汚染され、伴侶動物も重大な被害を被りました。避難時に伴侶動物は置いていくことの指示があったようですが、それでも一緒に避難した人、鎖で繋いだまま避難した人、鎖をはずして運命を託した人など様々の姿がありました。飼い主さんと共に避難できなかった伴侶動物は、餓死、健康障害、精神的不安、人に対する不審、そして野生化など、とりわけ高い濃度の放射能汚染が起きた原発周辺の地域では悲惨な運命に曝されました。一方、飼い主さんとともに避難した伴侶動物は、家族と過ごしているか、一時的に動物の避難所(シェルター)で保護を受けて無事に家族の元に戻るかして、飼い主さんの心の拠り所になっております。
日本ではたびたびの自然災害を経験していることから、災害時の動物救護活医師会が「災害時動物救護の地域活動マニュアル策定のガイドライン」を示しております。本会も発足と同時にガイドラインに従って救護活動マニュアルを策定し、非常時に備えております。しかし、原子力災害に対しては、獣医師会や動物保護団体などにまったく事前の準備がなかったために、放射能汚染が救護の大きな混乱や障害を生じ、多くの伴侶動物が犠牲になり、いまなお救護や保護ができないで悲惨な姿がみられています。
本会では愛媛県内に伊方原発があることや気象条件によっては県外周辺の原発事故による放射能汚染を被る可能性が否定できません。本会では原子力災害時にも家族の一員である伴侶動物を犠牲にしないために、放射能汚染や放射線防護の基礎知識の習得や具体的なマニュアルを策定しております。ここでは、大事な家族である伴侶動物を原子力災害時に守るための説明をしました。
放射能汚染を伴う災害時の伴侶動物の扱いについて
どのような災害時でも人命尊重が最も重要であることはいうまでもありません。伴侶動物を災害地に残して去るのは、つらいことです。過去の自然災害では、避難所で動物が飼えないために、置き去りや解放するケースが多くあります。しかし、現在では災害発生直後から、多くの獣医や動物愛護団体がボランテアとして救護を始め、災害時から短時間に動物救護活動が行われるようになっています。また、避難所などで飼えない、あるいは救護した伴侶動物は、保護施設であるシェルターで預かり、食事や健康管理をしながら、避難者の生活が安定して元の飼い主の手元に届けるまで、あるいは新たな飼い主さんが見つかるまで保護をするようになってきています。
原子力災害時には、風向きなどの天候条件によって放射能汚染の広がりが変わります。また、地震などによってライフラインが破壊された複合災害地域とライフラインは保全されているが放射能汚染だけが起きた地域に分かれることもあります。いずれにしても、人も伴侶動物も安全経路ですみやかに放射能汚染が無いか非常に低いか場所に避難することになります。そのような避難先に伴侶動物保護シェルターを設置することになります。実際に災害が発生した場合には、迅速な対応ができるためにはあらかじめ複数の候補地を決めておく必要があります。現在、本会では行政と相談しております。
シェルターで伴侶動物を預かるには、飼い主の方が伴侶動物の専用ケージを用意して頂くことが大切です。シェルターでは預かる伴侶動物用のケージを用意しますが、伴侶動物の大きさや体重に合ったケージを十分に準備保管するには限界があります。飼い主さんの用意したケージがあれば、避難時に伴侶動物を同伴することもできますし、シェルターでも短時間に多くの伴侶動物を受け入れることが可能になります。また、少しでも慣れたケージであれば、伴侶動物の不安も少なくなります。多くの救護ボランテアと同様に、本会でもお預りした伴侶動物の健康管理や適切な保護環境を確保するために、普段から必要な機材や医薬品を動物病院で備蓄するだけでなく、ペットフード会社や医療関係の会社に支援をお願いしております。伴侶動物を保護している間の管理は、獣医師や動物愛護ボランテアが行います。この間の運用経費は、義援金で賄います。このような方法は、これまでの災害でもほぼ成功しております。
原子力災害によって環境汚染が起きた場合には伴侶動物が汚染されることが考えられます。実際に福島の事故では放射能に汚染した伴侶動物が見つかっております。放射線は目に見えないし、肌で感じることもできません。しかし、放射線計測器で測定することができます。シェルターで伴侶動物を受け取る時に、体表面の放射線の線量測定を行い、汚染があれば健康影響の評価や除染処置を行います。最終的には、伴侶動物に体表面や体内の放射能がゼロになるか、飼い主さんの二次汚染の心配がない判断をして、伴侶動物と飼い主さんがともに安心して元の生活を送れるようにします。 原子力災害時に、伴侶動物を汚染地域に置き去りや解放すると、放射能汚染が高い地域(警戒区域)では、人が立ち入れないので、救護や給餌もできなくなるだけでなく、伴侶動物の放射能汚染や放射線影響の不安が高まる結果を招きます。繰り返しになりますが、人命尊重が優先ですが、できるかぎり運搬用ケージにいれ、避難するようにしてください。
原子力事故に伴う放射線の影響について
人や伴侶動物は、日常的に自然放射線の被ばくを受けて暮らしております。自然放射線とは宇宙放射線、地殻から放出される放射線、そして体内のカリウム(K-40)から放出される放射線で、日本人の年間平均線量は1.2mSvです。また、医療被ばく(疾患の診断や健康検査時のエックス線写真撮影やCT診断時に受ける被ばく)でも、とくにCT撮影では自然被ばくより大きな線量の被ばくを受けています。自然放射線被ばくは避けることができません。医療被ばくは有益な結果がえられますので、容認できます。しかし、原子力災害に伴い放射線被ばくは、放射線被ばくの影響リスクを高め、精神的不安などの弊害を起こすだけです。
原子力発電所の原子炉が破壊されると、放射性物質が環境に放出され、周辺地域が汚染されます。原子炉破損が深刻な状態になるほど、多くの放射性物質が広範囲にまき散らされます。チェルノブリ原発事故(旧ソ連)や福島原発事故で放出された核種は同じです。事故直後は半減期の短い(8日)放射性ヨウ素が、その後半減期の長い(30年)放射性セシウムの汚染が問題となっています。放射性ヨウ素やセシウムなどの放射性物質からは、放射線が放出されますので、汚染された区域にいると、体の外部から放射線の照射を受けます。これを外部被ばくといいます。さらに、放射性物質を鼻や口から体に取り込んだ場合には体外に排泄されるまで、放射線の照射を受けます。これを内部被ばくといいます。
人と同様に、伴侶動物の放射線被ばくを回避あるいは軽減するには、放射能汚染環境からすみやかに汚染のない地域へ避難して外部被ばくを防ぐと同時に、呼吸や飲食による放射性物質の摂取をさせないようにすることです。動物に防護マスクを使用することはできませんので。また、伴侶動物が放射性ヨウ素や放射性セシウムの外部被ばくや内部被ばくを受けた時の障害や治療に関する科学的かつ実験的な知見はありません。人の放射性ヨウ素の影響や治療効果については1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で、放射性セシウムについては1987年のゴイアニア(ブラジルの都市)事故で知見が得られています。したがって、伴侶動物の放射線影響の評価や治療が必要な場合には、人に準じて、年齢、寿命、体重などを考慮して行うことになります。繰り返しますが、放射線障害の不安を小さくするための最も重要なことは、放射能汚染地域からいそいで避難することです。
福島原発事故後から本会員が受けた相談の例をいくつかあげます。福島県(警戒区域外)や東京都などから、伴侶動物に放射線影響について相談がありました。いずれも放射線測定値から障害が起きるリスクはほとんどありませんでした。もっと多かった相談は、屋外に犬を散歩につれていっても大丈夫か、餌や水(水道水)を与えてもよいか、でした。これも放射線量から障害が起きるリスクはありませんでしたが、運動はホコリが少ない場所でさせる、ドッグフードは食べる前に与え放置しない、みずはペットボトルの水を与えることで、飼い主さんは安心されました。環境省の報告には、福島県で体表面に比較的高い放射能汚染がみられた犬がいたとありますが、それでも障害発現の可能性はないと判断されます。相談を受けた症状の多くは、放射線被ばくによるものではなく、運動不足や生活環境の変化が原因でした。実際に、飼い主さんが普段の落ち着いた生活にもどると症状はなくなったそうです。
本会の救護活動の放射線基準について
本会の放射能汚染下での救護活動の目安線量は、公衆被ばく限度線量の1mS/年としております。この限度線量を守っても多くの動物の救護活動ができます。
国際放射線防護委員会(ICRP)は世界中の放射線影響や防護に関する研究者がさまざまな科学的証拠を持ち寄って人の放射線被ばくの影響について論議して、安全な放射線量を勧告しています。日本はICRPの勧告にしたがって、放射線の防護基準値を設定しています。一般の人、すなわち公衆の被ばく線量限度は1mSv/年とされています。これは、人で放射線障害が見られはじめる100mSvの100分の1の線量、放射線を使う職業人の線量限度の20mSv/年よりも非常に低い量です。
公衆被ばく線量限度を基準に救護活動を想定すると、たとえば放射能汚染が起きた最初の1ヶ月間に、救護活動によって0.5mSv被ばくしても、残りの11ヶ月間の被ばく線量を少なくして、結果として1年間の被ばく線量が1mSvになるように調整すればよいことを意味しています。福島の汚染地域の線量率から、かなりの救護活動ができることになります。
さらに、今回のような汚染事故時の非常措置として、補助的に5年間の被ばく線量限度は5mSvとされています。これは、計算上は1mSv/年と同じですが、5年間のうち、たとえば最初の1年間に2mSvを被ばくしても、残りの4年間の被ばく量を3mSvに抑え、結果として5年間の総量が5mSvになればよい、すなわち1年間の平均線量が1mSv/年であればよいことになります。この考え方に従えば、もっと長い救護ができることになります。いずれにしても、本会は公衆被ばく線量を救護活動時の線量限度としましたが、福島の事故をみますと、多くの伴侶動物を救えるだけでなく、避難後の保護活動ができます。
伴侶動物を守るために
原子力災害時の伴侶動物の救護や保護には、飼い主の方、獣医師、自治体の連携がとても大切です。飼い主の方は、伴侶動物の特徴や習性だけでなく、周辺の地域の地形、避難場所や交通事情を最も知っておられます。今回の事故では、放射線に関するさまざまな情報や風評によって非常に混乱しました。日頃から、災害時にはどうすれば伴侶動物を守ることができるか、心がけておいて頂ければと思います。狂犬病の予防注射を受けることによって、狂犬病の予防だけでなく、自治体に伴侶動物の個体の特徴が記録されますので、災害時の個体識別に非常に役立ちます。注射時に受け取った注射済札は伴侶動物の首輪につけるか、注射の記録日時などの記録をお願いします。
本会の会員は開業獣医師で、伴侶動物の健康や病気について多くの経験を持っております。また、日本獣医師会の策定した「災害時動物救護の地域活動マニュアル策定のガイドライン」に従って、「動物救護活動マニュアル」を、さらに原子力災害時の救護活動マニュアルも策定しております。さらに、災害時の救護や保護活動には、自治体の避難ルート、保護の場所、個体記録など、そして医療機材やペットフードの会社の支援も必要です。すなわち、伴侶動物を救護するためには、飼い主のかた、獣医師、自治体の連携が重要です。本会では、災害時の救護活動について、セミナーの開催や会合でさまざまな検討を進めています。
今回の原発事故でこれまで得られた教訓は、できるだけ多くの家族の一員である伴侶動物を救うためには、自治体、獣医師、飼い主の方の普段から危機意識および連携への関心です。本会では、今後も自然災害や原子力災害時の動物救護のあり方について、飼い主の方と一緒に検討を重ねていきたいと思っております。
文責:一般社団法人 愛媛県開業獣医師会
(平成24年4月10日作成)